【映画レビュー】50回目のファーストキス

50回目のファーストキス(2004)

“50 first dates”

監督;ピーター・シーガル

出演;ドリュー・バリモア、アダム・サンドラー、ロブ・シュナイダー、ショーン・アスティン、ダン・エクロイド

邦画リメイクが鑑賞のきっかけ

先月(2018年6月)公開の邦画「50回目のファーストキス」のあらすじを聞いた時、ハテ、どこかで聞いたことがあるような・・?と感じておりました。

なんと、ハリウッド映画のリメイク作なんですねー。

オリジナルは14年前の、2004年公開だったそうです。

1年前の交通事故のせいで、それ以降の記憶を毎日失ってしまう女性と、彼女に一途な恋をした男性のラブストーリー。

映画館に一人で観に行くのはなんとなく気恥ずかしく、でも「その、どうにもハッピーエンドになりようのない設定のオチが気になる!!」という、わりと鬼畜な理由で、オリジナルをNetflixで鑑賞いたしましたのでその感想を。

ラブコメディのドリュー・バリモアは無敵

わたしの世代では、ドリュー・バリモアといえばラブコメ、ラブコメといえばドリュー・バリモアという方程式がございます。

本作でもそのキュートさは無敵。議論を承知で書いてしまいますが、女優さんとしては少しぽっちゃりなドリューは、「かわいさは体型だけで決まらない」という真理(?)を体現してくれている大変貴重な女性でもあるのです。

また、かわいいだけではなく、自身で制作会社を興したりして、賢いっぽいところも憧れポイント(その制作会社”Flower Films”は本作でもクレジットされていました)。

マイベスト青春ホラーの「スクリーム」では、彼女にしてはかなり衝撃的な役を、「知名度のある人間がこの役を演じた方がインパクトがあるから」という理由で快く引き受けたというエピソードも好感度を上げてます。

そんなドリューの魅力は、花のような笑顔と地に足のついた明るさです。

「花のよう」と言っても、薔薇や百合のようなゴージャスさではなく、ひなぎく(デイジー)やマーガレットのようなあたたかい素朴さが逆に心を惹きます。

さらに、ドリューの場合、単に天真爛漫なわけではなく、世の中のことを知った上で、それでも敢えてポジティブに振る舞えるという、芯の強さに裏打ちされた明るさというものをごく自然に体現しているので、まったく嫌味がないのです。

そんな彼女の素晴らしさは、本作でも存分に生かされていました。

ラブコメとしんみりと下ネタがグッドバランス

びっくりするくらい下ネタがたくさん出てきました。14年前の公開時に映画館で観てなくてよかった、と思ったくらい。免疫のない頃だったので、かるくパニックになっていたかも。

でも、下品な感じではなかったです。これまたドリューのおかげかしら。

また、短期記憶を失くしてしまうということに対する悲しさも、上手なさじ加減で誠実に描かれていたと思います。コメディだけに埋没していないところがよいです。

それから、いちばん重要なラブ要素ですが・・、意外とアダム・サンドラーがよくてびっくり。

重い気持ちの場面でジョークを飛ばす時も、能天気でしているのはなく、それが彼一流の気遣いなんだなあと分かる感じがありました。

何より、(意外にも!)キスが上手そうで、キスシーンは全てロマンチックでした。ぽわーん。あの髪型以外はできなそうな、つるんとした卵型の頭とお顔にだんだん愛着が湧いてくるのも不思議。

わたしは彼が苦手で「ウエディング・シンガー」も未見なくらいだったのですが、今度見てみようかな。

気になっていたオチについて

本作でいちばん秀逸さを感じたのは、その無理のない着地点です。

もちろん、ストーリー自体が現実的ではないことは百も承知ですが、それはそれで映画だからヨシとして、その中でもぎりぎりのリアリティを保っているところがすごい。

ラスト、あるシーンでのドリューの表情に、「記憶は脳にだけ宿るんじゃないんだなあ」って胸がじーんとします。

心からよかったねと思えるハッピーエンドに、見てよかったと思いました。

欲を言えば、2人の出会いや毎日口説くエピソードが丁寧だったのに比べて、ラストに向かってのくだりが少し駆け足過ぎたように感じました。しんみりシーンを出来るだけなくしたかったのかもしれないけれど・・。

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